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東京地方裁判所 昭和59年(刑わ)2489号 判決 1984年11月05日

主文

一  被告人を懲役一年に処する。

二  この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

三  警視庁目白警察署で保管中の遊技機一九台並びに押収してある鍵三束、鍵八個、コイン合計一六九個及び現金合計一四万九〇〇〇円を没収する。

四  被告人から金三四〇〇円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区長崎一丁目五番二号所在遊技場「麻雀道場ロン」の経営者であり、昭和五九年三月六日から同店に「麻雀ゲーム機」と称する遊技機等を設置しこれらを稼働させていたものであるが、常習として、同年六月二五日、同店舗一階部分において、賭客の鈴木正美ほか五名を相手方として、金銭を賭け、右「麻雀ゲーム機」を使用してその画面に現われる麻雀牌の組合せ等によって勝負を争う方法の賭博をしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一八六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、警視庁目白警察署で保管中の遊技機一九台は判示犯行の用に供し又は供せんとした物、押収してある鍵三束、鍵八個及びコイン合計一六九個は右遊技機の従物であり、押収してある現金合計一四万九〇〇〇円は判示犯行の用に供せんとした両替準備金であって、いずれも被告人の所有する物であるから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらを没収し、判示賭客が判示遊技機に投入した現金合計三四〇〇円は、判示犯行により被告人の得た物であるが、他の賭客の投入したそれに混入していて特定できず没収することができないので、同法一九条の二を適用してその価額を被告人から追徴する。

(補足説明)

一  犯罪事実について

1  前掲証拠によれば、本件の全ぼうを概ね次のとおり認定できる。

(一) 麻雀道場「ロン」の店舗一階部分について

(1) 被告人は、多額の借金の返済に窮し、手っ取り早い金儲けの方法として麻雀遊技機賭博店を経営しようと考え、生田貴美恵所有の東京都豊島区長崎一丁目五番二号所在の木造モルタル二階建貸店舗の一階部分を月額三〇万円の家賃で賃借し、伊東力から「麻雀ゲーム機」一五台を代金合計二一七万五〇〇〇円で購入して右一階部分に設置し、従業員として中山和民、松村実及び栗原郁を時給七〇〇円で雇い入れるなどして、昭和五九年三月六日、麻雀道場「ロン」の名称で開店した。

(2) 右一階部分における賭博の方法は、来店した不特定多数の客が「麻雀ゲーム機」に一〇〇円玉を投入し、その画面に現われる麻雀牌の組合せ等により勝負を決するもので、客が負けた場合にはそのまま投入した一〇〇円玉を失い、客が勝った場合には、その得た点数に応じ、従業員が店内に用意してある現金で支払うというものである。

(3) 被告人は、右一階部分を二四時間営業とし、被告人は同店には一切出ず、従業員三名に三交代制で勤務させ、遊技機内に投入された現金は、毎朝回収し、準備金にすべきものを除いて、国民相互銀行椎名町支店の被告人の長男貴史名義の預金口座に振込まさせていた。

(4) 被告人は、従業員中山和民、同松村実が辞めたのち、その代りに黒川真博、赤羽浩治を雇い入れ、その両名と栗原郁の三名で前同様に営業を継続させた。

また、遊技機のうち一台が故障して返品したので、その後一四台で営業を継続させた。

(5) 右一階部分では、月三回位の割で月曜日の午前五時ころから午前九時ころまで閉店したほかは営業を継続しており、遊技機が作動しないため営業できなかったり、あるいは、営業日に賭客が来なかったこともなく、同年六月二五日の検挙時まで営業を続けた。

(二) 同店舗二階部分について

(1) 被告人は、近所に開店する同業者の店舗に対抗するため、自己の店舗を拡張しようと考えて、前記生田から右店舗の二階部分も賃借し、前記伊東から「麻雀ゲーム機」二台、「競馬ゲーム機」三台を追加購入して同二階部分に設置し、純利益の四割を与える約束で、前記中山を二階部分の店長として採用するなどし、同年五月三一日から右二階部分も開店した。

なお、右二階部分における賭博の方法も、「競馬ゲーム機」について一〇〇円玉の代りにコインを使用するほかは、一階部分と同じである。

(2) 中山は、右二階部分を年中無休で毎日午後五時ころから翌日午前三時ころまでの間開店したが、賭客は毎日入っており、遊技機が故障することもなかった。

(三) 検挙時の状況について

警視庁目白警察署所属警察官は、同年六月二五日午後四時四〇分ころ、右店舗一階部分において、賭客鈴木正美、比佐信及び菅沼一郎の三名が「麻雀ゲーム機」で賭博行為をしているのを現認したので右三名を賭博の現行犯人として検挙するとともに、当時勤務していた赤羽浩治を常習賭博の現行犯人として逮捕した。

なお、同店舗二階部分は午後五時からの開店であったが、右検挙時には、前記中山の内妻若野愛子が留守番をしており、賭客鈴木正美らが二階部分の遊技機を使用しようとすれば、使用できる状態にあった。

(四) 賭客の賭博状況について

賭客の氏名が判明しているのは、検挙時の賭客三名であり、賭客鈴木正美は現金五〇〇円、同比佐信は現金二〇〇円、同菅沼一郎は現金二七〇〇円を賭けていた。

当日は、ほかにも年配の女性賭客一名、高校生位の男性賭客二名が賭博行為をしているのを前記赤羽が目撃しており、右賭客らが投入したとみられる遊技機の在中現金がある。しかし、当日のその余の賭客については、更に複数名いたことが認められるが、それ以上のことは判然としない。

また、検挙当日前にも開店以来多数の賭客が来店しているが、その賭客の人数等は判然としない。

2  訴因について

検察官は、右事実について、公訴事実を「被告人は、前掲『麻雀道場ロン』の経営者であるが、中山和民と共謀の上、昭和五九年三月六日ころから、同店に『麻雀ゲーム機』等と称する遊技機一五台ないし一九台を設置し、常習として、同日ころから同年六月二五日までの間、同店において、賭客の鈴木正美らを相手方として、金銭を賭け、右遊技機等を使用して賭博をしたものである。」旨に構成し、「本件については、賭客のうち、その氏名が判明しているのは、昭和五九年六月二五日の検挙時に在店した鈴木正美、比佐信及び菅沼一郎の三名のみであり、その他の客の氏名、各営業日の来店者数(賭客数)は判明していない。しかしながら、常習賭博罪の本質は、常習犯であるものの、本件のように店舗を設け、遊技機を使用して同一態様の賭博行為を反復継続して行う場合には、個々の行為の個性、独立性は極めて乏しく、営業犯の色彩が濃く、包括一罪の中でも特に一罪性が強いと認められる。従って、本件のように、個々の賭博行為の日時あるいは賭客の氏名・数、賭金額等について具体的に特定できなくとも、賭博行為の行われた場所、期間、態様、不特定多数の賭客が存在することが明らかであれば、右期間中に不特定・多数の賭客と賭博行為をなしたことを認定するに支障はないと解するのが相当である。」とする。

3  当裁判所の見解

(一) 刑法一八六条一項の適用について

(1) 検察官は、賭博遊技場経営者が、賭客との間で賭博行為をしたとき、刑法一八六条一項が適用できるとする。

ところで、同一八六条一項は、前条(一八五条、賭博罪)の賭博行為を常習とすることによって成立する身分犯として規定しているものである。そうすると、同一八六条一項の該当性の有無をみるには、①「賭博行為」及び②その「常習性」の存否を検討すべきことになる。

(2) 検察官は、右「賭博行為」について、賭博遊技場経営者の場合には、個々の賭博行為が具体的に特定できなくとも、賭博行為の行われた場所、期間、態様、不特定多数の賭客の存在することが明らかであれば良い、とする。

しかし、当裁判所は、個々の賭客との賭博行為の存在を立証する必要があると考えるのである。

このように考える理由を以下に述べる。

(イ) 賭博遊技場経営者の実行行為について

検察官は、「遊技機賭博における経営者の実行行為は、賭客が遊技しようとすれば作動するような状態に機械をセットすることであり、その行為の結果が、賭客において現金を投入して機械を操作することにより経営者側が現金を得喪して発生するもので、機械を用いたところの一種の離隔犯であり、実行行為と結果の発生の間に時間的間隔があり、かつ、結果の発生が多数回にわたる形態のものである。」と考えるようである。このように実行行為を捉えると、結果の発生にすぎない個々の賭客の存在を一一特定する必要はないことになろう。

しかし、遊技機賭博における経営者の実行行為は、確かに本件の如く店員を常駐させる場合には、経営者が現実になすべき行為としては、遊技機を設置して電源を入れ、賭客が遊技しようとすれば作動するような状態におけば事足りることもあるのであるが、店員を置かない場合には、経営者自らが両替や換金に応ずるなどして賭客を応接する必要があり、これを店員にさせた場合は賭客との応接が間接的になったにすぎず、店員を介して、あるいは、店員と一緒になっての経営者の行為と認められるのであり、そうすると、遊技機が作動する状態に調整した時点ばかりでなく、その後も開店して遊技機が作動するような状態に維持し、賭客との応接の用意をし続けるところにも経営者の実行行為の存在を認めることができるのである。

そして、賭客がその遊技機を使用して賭博行為をした場合には、その賭客の賭博行為に対応して経営者の個々の賭博行為が成立することになるのである。

(ロ) 右の個々の賭博行為の特定の必要性について

そして、経営者の右の個々の賭客との賭博行為の存在を立証する必要があると考えるのであるが、その理由は次のとおりである。

① 「賭博行為」は、財物を賭して偶然の輸贏を争う行為であって、相手方たる賭客の存在を必要とする対向的必要的共犯であり、これを処罰する理由は、賭博が「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらある」(最判昭和二五年一一月二二日刑集四巻二三八〇頁)ことにあるほか、「當事者ノ産ヲ破ル虞アルカ故」(大判昭和四年二月一八日法律新聞二九七〇号九頁)にこれを処罰するのであり、その保護対象が、公益ばかりでなく、個人的な面にも及んでいることを考慮すれば、賭博遊技場経営者の賭博行為を「不特定多数の賭客を相手方とした賭博行為」と広く捉えると、個々の相手方たる賭客の存在があいまいとなり、その賭客の勤労観念や財産等を侵害する点を捨象することになるので、やはり個々の賭客の存在を明らかにし、その賭客との間の賭博行為としての刑事責任を問うべきものと考える。

(なお、検察官は、賭博遊技場経営者の賭博行為の営業犯性を指摘するが、常習賭博罪は、賭博行為の「常習性」を刑の加重事由として規定したにすぎず、営業犯の規定ではないので、経営者の賭博行為の営業犯性をもって、直ちに個々の賭客の存在の立証を不要ならしめる理由とはし難いものと考える。また、常習犯であるが故に個々の賭博行為まで立証する必要がないと考えることについても、賭博罪の保護法益が、前示のごとく、公益ばかりか私益((個人の保護))にまで及んでいることを考慮すれば、直ちに賛同し難いのである。)

② 取締りの実態等からみると、警察では、賭博遊技場が開店しているだけでは検挙せず、賭客が遊技機を作動させて賭博行為をしているのを現認してはじめて検挙活動に入り、遊技中の賭客を賭博罪で、その場に居合せた従業員を常習賭博罪で現行犯人逮捕し、更に、従業員らの供述から経営者を特定して常習賭博罪で検挙し、同人らを送検するのが通常であり、検察官においても、これまで賭博遊技場経営者については、検挙時に居合せた賭客のみを相手方として常習賭博をしたとの訴因により公判請求をしたこともあるのである。そして、その訴因では、没収・追徴の可能な範囲が検挙時の賭客との賭博行為にかかわるものに限られるため、利得犯に対する犯罪対策としては効果的でないとして、その没収・追徴の範囲を広げるべく、訴因の賭博行為を検挙当日の賭客全員とのそれに広げたり、あるいは、遊技機に在中した現金の投入を始めた最初の日、つまり最後に遊技機内の賭金を回収した後の賭博行為全部とし、更には、本件の如く、遊技場を開店した時点から検挙時までのすべての賭博行為を公訴事実とするに至っているものである。当裁判所も没収・追徴を多くすることによって得られる犯罪抑止効果を肯定するのであるが、ただその没収・追徴の前提となる犯罪事実を右の如く拡大すると、個々の賭博行為の特定ができなくなり、このようなあいまいな賭博行為について没収・追徴をすることにちゅうちょを感ずるのである。

(3) 以上要するに、当裁判所は、賭博遊技場経営者に対して常習賭博罪を適用するには、個々の賭客との賭博行為の存在を明らかにし、次にその賭博行為の常習性の有無を検討すべきものと考えるのである。

(二) 判示認定について

そこで、本件を検討するに、前認定事実によれば、被告人が個々の賭客を相手方として賭博行為をしたと認定できるのは、検挙当日の賭客鈴木正美ほか五名とのそれにとどまり、また、その賭博行為の「常習性」については、前認定の「被告人が店舗を構えて賭博遊技機を設置し、昭和五九年三月六日から検挙当日まで不特定多数の賭客を相手方として賭博行為を反復した」という、訴因となっておりながら当裁判所が個々の賭博行為として認定しなかった事実により、これを認定できるのであり、従って、判示のとおり認定したものである。

二  没収・追徴について

検察官は、遊技機一九台、その在中現金のうち合計二万八〇〇〇円、右遊技機の鍵三束・鍵八個・コイン合計一六九個、両替準備金合計一四万九〇〇〇円の各没収と一一一万四六二〇円の追徴を求めるので、以下に検討する。

1  没収について

(遊技機とその鍵及びコイン)

前認定事実によれば、遊技機一九台はすべて判示鈴木正美ほか五名との賭博行為に供し又は供せんとした物と認めることができ、鍵三束と鍵八個及びコイン合計一六九個は右遊技機の従物であるから、これらは刑法一九条一項二号の物件にあたる。

(遊技機在中の現金)

前認定事実によれば、判示認定にかかる賭客のうち鈴木正美、比佐信及び菅沼一郎が賭金合計三四〇〇円を判示遊技機に投入しており、これらの現金は判示犯行により被告人の得た物であるが、前掲証拠によれば、これらの現金は、他の賭客の投入したそれに混入していて特定できないので、没収できず、その価額を追徴することになる。

遊技機に在中するその余の現金は、判示認定の賭客のうち氏名不詳者三名の投入した分及び判示認定の賭客以外の賭客が投入したものであって、前者は賭金額が不明のため、後者は有罪認定の対象外の賭博行為のそれであるため、いずれも没収できない。

(両替準備金)

前認定事実によれば、本件店舗一階部分の両替準備金一四万円及び同二階部分の両替準備金九〇〇〇円は、いずれも判示犯行の用に供せんとした物と認めることができるので、刑法一九条一項二号の物件にあたる。

2 追徴について

検察官は、被告人が昭和五九年五月三一日から同年六月二一日までの間に本件店舗二階部分について得た利得一〇九万六〇二〇円とテスト金の投入してある遊技機に在中した賭金合計一万八六〇〇円の追徴を求めるが、前者及び後者のうち判示賭客鈴木正美の賭金を除いた分は、判示認定の賭博行為以外のそれにかかるものであるから、没収・追徴ができず、右鈴木の賭金についてのみ、その価額を追徴することになる。

従って、当裁判所は、主文の限度で没収及び追徴をしたものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥林潔)

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